動車に乗らないなんて。」
夫人は、子供の臆病をでも叱するやうに云つた。
「でも、奥さん。」青年は、可なり懸命になつて云つた。「兄が、やつぱり此の国府津から自動車に乗つてやられたのでせう。それからまだ一月も経つてゐないのです。殊に、今度箱根へ行くと云ふと、父と母とが可なり止めるのです。で、やつと、説破《せつぱ》して、自動車には乗らないと云ふ条件で、許しが出たのです。だから、奥さんにも、自動車には乗らないと云つてあれほど申上げて置いたぢやありませんか。」
「お父様やお母様が、さうした御心配をなさるのは、尤《もつとも》と思ひますわ。でも貴君迄が、それに[#「それに」は底本では「それ」]感化《かぶ》れると云ふことはないぢやありませんか。縁起などと、云ふ言葉は、現代人の辞書にはない字ですわね。」
「でも、奥さん! 肉親の者が、命を殞《おと》した殆ど同じ自動車に、まだ一月も経つか経たないかに乗ると云ふことは、縁起だとか何とか云ふ問題以上ですね。貴女だつて、もし近しい方が、自動車であゝした奇禍にお逢ひになると、屹度《きつと》自動車がお嫌ひになりますよ。」
「さうかしら。妾《わたし》は、さうは思ひま
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