いたとき、もう美奈子は、また元の処女らしい、感情と表情とを取り返してゐた。
国府津のプラットフォームに降り立つた時、瑠璃子は駆け寄つた赤帽の一人に、命令した。
「あの、自動車を用意させておくれ!――さう、一台ぢや、窮屈だから――二台ね、宮の下まで行つて呉れるやうに。」
赤帽が命を受けて馳け去つたときだつた。今まで他の赤帽を指図して手荷物を下させてゐた青年が驚いて瑠璃子の方を振り顧つた。
「奥さん! 自動車ですか。」
青年の語気は可なり真面目だつた。
「さうです。いけないのですか。」
瑠璃子は、軽く揶揄するやうに反問した。
「あんなにお願ひしてあつたのに聴いて下さらないのですか。」
温和《おとな》しい青年は、可なり当惑したやうに、暗い表情をした。
瑠璃子は、華やかに笑つた。
「あら! まだ、あんなことを気にしていらつしやるの。妾《わたし》貴君が冗談に云つていらしつたのかと思つたのですよ。兄さんが、自動車で死なれたからと云つて、自動車を恐がるなんて、迷信ぢやありませんか。男らしくもない。自動車が衝突するなんて、一年に一度あるかないかの事件ぢやありませんか。そんなことを恐れて、自
前へ
次へ
全625ページ中494ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング