は、成るべく聞くまい見まいと思つた。が、さう努めれば努めるほど、青年の言葉やその白皙の面《おもて》に浮ぶ微笑が、悩ましく耳に付いたり、眼についたりした。
 青年の面には、歓喜と満足とが充ち溢れてゐるのが、美奈子にも感ぜられた。彼の眼中には、瑠璃子夫人以外のものが、何も映つてゐないことが、美奈子にもあり/\と感ぜられた。母の傍《そば》にゐる自分などは、恐らく青年の眼には、塵ほどにも、芥ほどにも、感ぜられてはゐまいと思ふと、美奈子は烈しい淋しさで胸が掻き擾《みだ》された。
 が、それよりも、もつと美奈子を寂しくしたことは、今迄愛情の唯一の拠り処としてゐた母が、たとひ一時ではあらうとも、自分よりも青年の方へ、親しんでゐることだつた。
 大船を汽車が出たとき、美奈子は何うにも、堪らなくなつて、向う側の座席が空いたのを幸《さひはひ》に、景色を見るやうな風をして、其処へ席を移した。
 母と青年との会話は、もう聞えて来なくなつた。が、一度掻き擾された胸は、たやすく元のやうには癒えなかつた。
 彼女は、かうした苦しみを味はひながら、此先一月も過さねばならぬかと思ふと、どうにも堪らないやうに思はれ出した
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