判つた。新しく兄を失つた青木と云ふ青年が、彼女が青山墓地で見たその人であることに、もう何の疑《うたがひ》も残つてゐなかつた。
 美奈子の心は、嵐の下の海のやうに乱れ立つた。かの青年と、少くとも向う一箇月間一緒に暮すと云ふことが、彼女の心を、取り乱させるのに十分だつた。それは嬉しいことだつた。が、それは同時に怖しいことだつた。それは、楽しいことだつた。が、それは同時に烈しい不安を伴《ともな》つた。
 美奈子の心の大きな動揺を、夢にも知らない瑠璃子夫人は、この真白な腕首に喰ひ入つてゐる時計を、チラリと見ながら独言のやうに呟いた。
「もう、九時だから、青木さんは屹度《きつと》来ていらつしやるに違ひないわ。」
 さうだ! 青年は、停車場で待ち合はせる約束だつたのだ。もう、二三分の後にその人と面と向つて立たねばならぬかと思ふと、美奈子の心は、とりとめもなく乱れて行くのだつた。
 が、美奈子は少女らしい勇気を振ひ起して、自分の心持を纏めようとした。あの青年と会つても、取り乱すことのないやうに、出来る丈《だけ》自分の心持を纏めて置かうと思つた。美奈子の心持などに、何の容赦もない自動車は、彼女の心が少
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