どの馬車からも、一門の夫人達であらう、白無垢を着た貴婦人が、一人二人宛降り立つた。信一郎は、その裡の誰かゞ、屹度《きつと》瑠璃子に違ひないと思ひながら、一人から他へと、慌《あわたゞ》しい眼を移した。が、たゞいら/\する丈《だけ》で、ハツキリと確める術は、少しもなかつた。
 霊柩が式場の正面に安置せられると、会葬者も銘々に、式場へ雪崩《なだ》れ入つた。手狭な式場は見る見る、一杯になつた。
 式が始まる前の静けさが、其処に在つた。会葬者達は、銘々慎しみの心を、表に現はして紫や緋の衣を着た老僧達の、居並ぶ祭壇を一斉に注視してゐるのであつた。
 式場が静粛に緊張して、今にも読経の第一声が、この静けさを破らうとする時だつた。突如として式場の空気などを、少しも顧慮しないやうなけたゝましい、自動車の響が場外に近づいた。祭壇に近い人々は、遉《さすが》に振向きもしなかつた。が、会葬者の殆ど過半が、此無遠慮な闖入者に対して叱責に近い注視を投げたのである。
 自動車は、式場の入口に横附けにされた。伊太利《イタリー》製らしい、優雅な自動車の扉が、運転手に依つて排せられた。
 会葬者の注視を引いた事などには、何
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