の恐れ気もないやうに、翼を拡げた白孔雀のやうな、け高さと上品さとで、その踏段から地上へと、スツクと降り立つたのは、まだうら若い一個の女性だつた。降りざまに、その面《おもて》を掩うてゐた黒い薄絹のヴェールを、かなぐり捨てゝ、無造作に自動車の中へ投げ入れた。人々の環視の裡に、微笑とも嬌羞とも付かぬ表情を、湛へた面《おもて》は、くつきりと皎《しろ》く輝いた。
 白襟紋付の瀟洒な衣《きぬ》は、そのスラリとした姿を一層気高く見せてゐた。彼女は、何の悪怯《わるび》れた容子も見せなかつた。打ち並ぶ名士達の間に、細く残された通路を、足早に通り抜けて、祭壇の右の婦人達の居並ぶ席に就いた。
 会葬者達は、場所柄の許す範囲で、銘々熱心な眼で、此の美しい無遠慮な遅参者の姿を追つた。が、さうした眼の中でも、信一郎のそれが、一番熱心で一番輝いてゐたのである。
 彼は、何よりも先きに、此女性の美しさに打たれた。年は二十《はたち》を多くは出てゐなかつたゞらう。が、さうした若い美しさにも拘はらず、人を圧するやうな威厳が、何処かに備はつてゐた。
 信一郎は、頭の中で自分の知つてゐる、あらゆる女性の顔を浮べて見た。が、その
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