た何時会はれるか分らない。二年も三年も、いな一生もう二度と会はれないのではあるまいかなどと思つたりすると、美奈子は、何うしても座席が離れられなかつた。が、女中のすみや[#「すみや」に傍点]は、そんなことは少しも頓着しなかつた。
 五番町の停留場の赤い柱が見え出すと、主人よりも先きに立ち上つた。
「参りましたよ。」
 彼女は主人を促すやうに云つた。美奈子がそれに促されて、不承々々に席を離れようとしたときだつた。降りさうな気勢《けはひ》などは、少しも見せなかつた青年が、突然立ち上ると男らしい活溌さで、素早く車掌台へ出ると、まだ惰力[#「惰力」は底本では「隋力」]で動いてゐる電車から、軽くヒラリと飛び降りた。
「おや!」女中が、傍《そば》にゐなかつたら、彼女は駭いて声を出したかも知れなかつた。
「御近所の方かしら。」さう思つた美奈子は、電車を降りながら美しい眸を凝して、その後姿を見失ふまいと、眼も放たず見詰めてゐた。

        七

 美奈子より先に、電車を飛び降りた青年は、その後姿を、ぢつと彼女から見詰められてゐるとは少しも気が付かないやうに、籐の細身のステッキを、眩しい日の光の裡
前へ 次へ
全625ページ中468ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング