ぐそれと気が付いた。
その青年に、つい目と鼻の位置に坐られると、美奈子は顔を赧めて、ぢつと俯むいてしまふ女だつた。が、心の裡では思つた、何と云ふ不思議な偶然《チャンス》だらう。その人に逢へると思つた場所では、逢へないで、悄然と帰つて来る電車の中で、ヒヨツクリ乗り合はす。何と云ふ不思議な偶然《チャンス》だらう。さう思ふと同時に、不思議な偶然《チャンス》の向うには、思ひがけない幸福でもが、潜んでゐるやうに思はれて、先刻まで凋れかへつてゐた美奈子の心は、別人のやうに晴れやかに、弾んで来た。が、美奈子は顔を上げて、相手の顔を、ぢつと見詰める丈《だけ》の勇気はなかつた。車台の床に投げられてゐる彼女の視線には、青年が持つてゐる細身の籐のステッキの尖端《はし》だけしか映つてゐなかつた。
あの方は、自分の顔を覚えてゐて呉れるかしら。美奈子はそんなことを、わく/\する胸で、取り止めもなく考へてゐた。兎に角、妹が挨拶をした以上、自分の顔|丈《だけ》位《ぐらゐ》は、覚えてゐて呉れるかしら。覚えてゐて呉れゝば、どんなに幸福であらうかなどと思つたりした。
電車は、直ぐ半蔵門で止つた。もう、自分の家までは二
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