かけて来る訳はない。さう思つて来ると、雨降りにでも行かうと云ふ自分の心、否お墓詣りと云ふことを、ダシに使はうとしてゐる自分の心が、美奈子は急に恥かしくなつた。彼女は、われにも非ず顔を赤くした。
「おや! 美奈さん。何がそんなに恥しいの。お墓詣りするのが、そんなに恥しいの?」
明敏な瑠璃子は、美奈子の表情を見逃さなかつた。
「あら! さうではありませんわ。」
と、美奈子は周章《あわ》てゝ、打ち消したが、彼女の素絹《しらぎぬ》のやうに白い頬は、耳の附根まで赤くなつてゐた。
五
その次の日曜は、珍らしい快晴だつた。洗ひ出したやうな紺青色《ウルトラマリン》の空に、眩しい夏の太陽が輝かしい光を、一杯に漲らしてゐた。
美奈子は、朝眼が覚めると、寝床《ベッド》の白いシーツの上に、緑色の窓掩《カーテン》を透して、朝の朗かな光が、戯れてゐるのを見ると、急に幸福な感じで、胸が一杯になつた。今日は何だか、楽しい嬉しい出来事に出逢ひさうな気がした。彼女は、いそ/\として、床を離れた。
午前中は、いろ/\な事が手に付かなかつた。母に勧められて、母のピアノにヴァイオリンを合せたけれど
前へ
次へ
全625ページ中462ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング