の毒婦伝に出て来るやうな恐ろしい女でも、自分を恨んで死んだ男の遺書《かきおき》を、かうまで冷酷に評し去る勇気はないだらう。自分を恨んでゐる、血に滲んだ言葉を自惚れと我儘だと云つて評し去る女はないだらう。
が、一時の驚きが去ると共に、信一郎の心に残つたものは、夫人に対する激しい憎悪だつた。女ではない。人間ではない。女らしさと、人間らしさとを失つた美しい怪物である。その人を少しでも人間らしく考へた自分が、間違つてゐたのだ。彼は心の中で憎悪を吐き捨てるやうに云つた。
「いやもう、なにも言ひたくありません。貴女は、貴女のお考へで、男性を弄ぶことをおつゞけなさい! その中に、純真な男性の怒《いかり》が、貴女を粉微塵に砕く日が来るでせう。」
信一郎は、床を踏み鳴らさんばかりに、激昂しながら、叫んだ。
が、信一郎が激すれば、激するほど、夫人は冷静になつて行つた。彼女は、冷たい冷笑をさへ頬の辺りに、浮べながら、落着き返つて云つた。
「男性を弄ぶ! 貴君《あなた》は、女性が男性を弄ぶことを、そんなに恐ろしい罪悪のやうに考へていらつしやるのですか。だから、妾《わたくし》が男性の我儘だと云ふのですわ。
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