にも夫人が、ノートの上に瓦破《ぐわば》と泣き伏すことを予期してゐた。泣き伏しながら、非業に死んだ青年の許しを乞ふことを想像した。彼女の美しい目から、真珠のやうな涙が、ハラ/\と迸しることを待つてゐた。悔恨と懺悔との美しい涙が。
が、信一郎の予期は途方もなく裏切られてしまつた。一時動揺したらしい夫人の表情は、直ぐ恢復した。涙などは、一滴だつて彼女の長い睫をさへ湿《うるほ》さなかつた。
彼女は、一言も云はずに、ノートを信一郎の方へ押しやつた。
信一郎は、夫人の必死的《デスペレート》な態度に圧せられて、此の上何か云ふ勇気をさへ挫かれた。
二人は、二三分の間、黙々として相対してゐた。信一郎は、その険しい重くるしい沈黙に堪へかねた。
「如何です。此のノートを読んで、貴女は何ともお考へにならないのですか。」
信一郎の声の方が、却つてあやしい顫へをさへ帯びてゐた。
夫人は、黙して答へなかつた。
信一郎は、畳みかけて訊いた。
「貴女は、青木君が血を以て書いた、此のノートを読んで、何ともお考へにならないのですか。青木君の云ひ草ぢやないが、貴女の少しでも残つてゐる良心は、此のノートを読んで、
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