、弄ばれる男に取つては、それが死であると。奥さん! 貴女《あなた》は、かう云ふ話を御存じですか。池の中に多くの蛙が浮んでゐると、子供達が来て石を投げ付ける、その時に蛙が何て云つたか御存じですか。蛙はかう云つたのです。貴君《あなた》方に取つて遊戯であることが、我々に取つては死である、と。青木君の死際の云分も、つまりそれなのです。貴女《あなた》は、青木君の死を単なる奇禍だと思つてはいけません。形は奇禍ですが、心持に於いては立派な自殺です。たゞ自動車の偶然の衝突があの人の死を、二三日早めたのに過ぎないのです。貴女は青木君の死を奇禍だと考へることに依つて、貴女の良心を欺いてはなりません。正《まさ》しく自殺です。而も池の中の蛙が、子供が戯れに投げた石に当つて死んだやうに、貴女が戯れに与へた白金《プラチナ》の時計に依つて死んだのです。蛙が若《も》し人間としての働きがあつたならば、その石を子供に投げ返すやうに、僕は青木君に代つて、此の時計を貴女に投げ返すのです。さうです、貴女の良心に向つて投げ返すのです。貴女の心に僅かにでも、良心が残つてゐるのなら、貴女はそれで此の時計を受け止めて下さい。さうしてそ
前へ
次へ
全625ページ中431ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング