いてゐた。
「あら、あれは妾《わたくし》にお預けして下さつたのぢやないのですか。一旦お預けして下さつた以上、男らしくもないぢやありませんか。また返せなどと仰しやるのは。」
信一郎を揶揄《からか》つてゐるやうに、冷かしてゐるやうに、夫人の語気は、ます/\辛辣になつて行つた。
「いや、お預けしたことは、お預けしました。が、それは返すべき相手が分らなかつたからです。また、何《ど》う云ふ心持で返すのかが、分らなかつたからです。今こそ、返すべき女性がハツキリと分つたのです。また、何う云ふ態度で、あの時計を返すべきかも、ハツキリと分つたのです。僕は、あの時計を貴女から返していたゞいて、その本当の持主に、一番適当な態度で、返さねばならぬ責任を青木君に対して、感じてゐるのです。どうか直ぐお返しを願ひたいと思ひます。」
夫人の顔は、遉《さすが》に少しく動揺した。が、信一郎が予想してゐたやうに、狼狽の容子は露ほども見せなかつた。
「そんなに、面倒臭い時計なのですか、それぢや、お預りするのではなかつたわ。それぢや只今直ぐお返しいたしますわ。」
夫人は、手軽に、借りてゐたマッチをでも返すやうに、手近の呼
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