た。
 信一郎の顔が、激怒のために、真赤に興奮してゐるのにも拘はらず、夫人はその白い面が、心持|蒼《あを》んでゐる丈で、冷然として彫像か何かのやうに動かなかつた。
 信一郎も、相手から受けた、余りに思ひがけない侮辱の為に、暫らくは、口さへ利けなかつた。
 夫人も、黙々として一語も洩らさなかつた。その中に、バタ/\と廊下に軽い足音がしたかと思ふと、先刻の女中が、顔を出した。
「あの、お支度が出来ましてございます。」
「さう」と、夫人は軽く会釈して、女中を去らせると、静かに信一郎の方を振向きながら、彼女の最後の通牒を送つた。
「それでは、どうかお帰り下さいませ。妾《わたくし》がお呼び立ていたした罪は、幾重にもお詫いたしますわ。でも、お互に理解しない者同士が、何時まで向ひ会つてゐても、全く無意味だとも思ひますわ。何うか安穏な御家庭で何時までも平和にお暮し遊ばせ!」
 夫人は、一寸皮肉な微笑を浮べると、静《しづか》に立つて信一郎に、扉《ドア》の方を指さし示した。
 信一郎の心は、激しい恥辱のために、裂けんばかりに、張り詰めてゐた。このまゝ、帰つてしまへば、徹頭徹尾全敗である。どんなに、相手が美
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