一郎の攻撃に対する夫人の反撃は、烈しかつた。信一郎は夫人の真向からの侮辱に、目が眩んだ。彼は屈辱と忿怒とのために、胸がくらくらするやうに煮えた。信一郎が口籠りながら何か云はうとしたときに、呼鈴に応じて先刻の小間使が顔を出した。夫人は冷静な口調で、ハツキリと云つた。
「お客様がお帰りになるさうだから、自動車の支度をするやうに。」
六
西洋では、厭な来客を追ひ帰すとき、又来客と喧嘩したとき、『扉《ドア》を指さし示す』ことが、習慣である。直ぐ出て行つて呉れと云ふ意味である。客に対する絶大の侮辱であり、挑戦である。
が、来客の前で、勝手に帰り支度を、整へてやることも、『扉《ドア》を指さし示す』ことと同じ程度の侮辱に違ひない。
夫人は、自分の好意を、相手が跳ね返したと知ると、それを十倍もの烈しさで、跳ね返し得る女であつた。
信一郎は、平手で真向から顔を、ピシヤリと、叩かれたやうな侮辱を感じた。もし、相手が女性でなかつたら、立ち上りざま殴り付けてでもやりたいやうな激怒を感じた。それと同時に、突き放されたやうな淋しさが、激怒の陰に潜んでゐることをも、感ぜずにはゐられなかつ
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