真剣な異性の愛に飢ゑてゐるのかも知れない。世馴れた色男《ダンディ》風の男性に、慊《あき》たらない彼女は、自分のやうな初心《うぶ》な生真面目な男性を求めてゐたのかも知れない。
夫人に対する信一郎の敵意がもう半《なかば》崩れかけてゐる時だつた。
「御免下さいまし。」
銀鈴に触れるやうな爽かな声と共に、夫人は静かに扉《ドア》をあけて入つて来た。
湯上りらしく、その顔は、白絹か何かのやうに艶々しく輝いてゐた。縮緬の桔梗の模様の浴衣が、そのスツキリとした身体の輪廓を、艶美に描き出してゐた。
わづか四五尺の間隔で、ぢつとその美しい眸を投げられると、信一郎の心は、催眠術にでもかゝつたやうな、陶酔を感ずるのを、何《ど》うともすることが出来なかつた。
「まあ! 本当によくいらつしやいましたこと。妾《わたくし》、もうあれ切りかと思ひましたの。もう、あれ切り来て下さらないのかと思つてゐましたよ。」
信一郎が、彼女の入つて来たのを見て、立ち上らうとするのを、制しながら、信一郎と向きあつて小さい卓を隔てながら、腰を下した。
信一郎は、ともすれば後退《あとじさ》りしさうな自分の決心に、頻りに拍車を与へ
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