待ち下さいませ。屹度《きつと》、お化粧部屋の方にいらつしやるのですから。」
 さう云つて、少女は扉《ドア》を開けた。
 信一郎は、おそる/\その華麗な室内に足を踏み入れた。部屋の中には、夫人の繊細な洗煉された趣味が、隅から隅まで、行き渡つてゐた。敷詰めてある薄桃色の絨毯にも、水色の窓掩ひにも、ピアノの上に載せてある一輪挿の花瓶にも、桃花心木《マホガニイ》の小さい書架に、並べてある美しい装幀の仏蘭西《フランス》の小説にも、雪のやうに白い絹で張りつめられた壁にかゝつてゐるクールベエらしい風景画にも炉棚《マンテルピース》の上の少女の青銅像《ブロンズ》にも、夫人の高雅な趣味が光つてゐた。凡ての装飾が、金で光つてゐる丈ではなく、その洗煉された趣味で光つてゐるのだつた。
 信一郎は、部屋の装飾に、現はれてゐる夫人の教養と趣味とに、接すると、昂めよう/\としてゐる反感が、何時の間にか、その鋭さを減じて行くやうな危険を、感ぜずにはゐられなかつた。
 が、かうした美しい部屋も、彼女の毒の花園なのだ。彼女が、異性を惑はす魅力の一つなのだ。信一郎は、さう云ふ風に考へ直しながら、青色の羽蒲団の敷いてある籐椅子
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