にした。彼は、無遠慮に大きい声で、奥の方へ呼びかけた。
「奥さん! やつぱり、お帰りになりましたよ。何処へもお廻りにならないで、直ぐお帰りになるだらうと思つてゐたのです。」
運転手は、いかにも自分の予想が当つたやうに、得意らしく云つた。運転手が、さう云ふのを聴いて、信一郎は冷汗を流した。運転手と妻とが、どんな会話をしたかが、彼には明かに判つた。
「御主人はお帰りになりましたか。」
運転手は、最初さう訊ねたに違ひない。
「いゝえ、まだ帰りません。」
妻は、自身|若《も》しくは女中をしてさう答へさせたに違ひない。
「それぢや、お帰りになるのをお待ちしてゐませう。」
運転手は、さう云つたに違ひない。
「あの、会社の人達と一緒に、多摩川へ行きましたのですから、帰りは夕方になるだらうと思ひます。」
何も知らない、信一郎を信じ切つてゐる妻は、さう答へたに違ひない。それに対して、この無遠慮な運転手はかう言ひ切つたに違ひない。
「いゝえ、直ぐお帰りになります。只今私の宅からお帰りになつたのですから、外《よそ》へお廻りにならなければ三十分もしない裡に、お帰りになります。」
初めて会つた他人か
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