瑠璃子夫人が、新来の信一郎、殊に文学などの分りさうもない会社員の信一郎の言葉に、賛成したのを見ると、今度は三宅と小山男爵との二人が、躍気になつた。
 殊に青年の三宅は、その若々しい浅黒い顔を、心持薄赤くしながら可なり興奮した調子で云つた。
「時代が経てば、どんな芸術的小説でも、通俗小説になる。そんな馬鹿な話があるものですか。芸術的小説は何時が来たつて、芸術的小説ですよ。日本の作家でも、西鶴などの小説には、何時が来ても亡びない芸術的分子がありますよ。天才的な閃《ひらめき》がありますよ。それに比べると、尾崎紅葉なんか、徹頭徹尾通俗小説ですよ。紅葉の考へ方とか物の観方と云ふものは、常識の範囲を、一歩も出てゐないのですからね。たゞ、洗練された常識に過ぎないのですよ。例へば『三人妻』など云ふ作品だつて如何にも三人の妻の性格を描き分けてあるけれども、それが世間に有り触れた常識的|型《タイプ》に過ぎないのですからね。紅葉を以て、明治時代の文学的常識を、代表させるのなら差支へないが、第一の文豪として、紅葉を推す位なら、むしろ露伴柳浪美妙、そんな人の方を僕は推したいね。」
 三宅の語り終るのを待ち兼ね
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