ることだが、僕には全然通俗小説だと思はれるのです。」
若い文科大学生は、何の遠慮もしないで、彼の信念を昂然と語つた。
「それは、貴君《あなた》が作品と時代と云ふことを考へないからです。現在の文壇の標準から云へば、『金色夜叉』の題目《テーマ》なんか、通俗小説に違《ちがひ》ないです。が、然しそれは『金色夜叉』の書かれた明治三十五年から、現在まで二十年も経過してゐることを忘れてゐるからです。現在の文壇で、貴君が芸術的小説だと信じてゐるものでも、二十年も経てば、みんな通俗小説になつてしまふのです。過去の作品を論ずるのには、時代と云ふことを考へなければ駄目です。『金色夜叉』は今読めば通俗小説かも知れませんが、明治時代の文学としては、立派な代表的作品です。」
信一郎は、思ひの外に、スラ/\と出て来る自分の雄弁に興奮してゐた。
「過去の文学を論ずるには、やはり文学史的に見なければ駄目です。」
彼は、きつぱりと断定するやうに云つた。
「それもさうですわね。」
瑠璃子夫人は、信一郎の素人離れした主張を、感心したやうに、しみ/″\さう云つた。信一郎は俄に勇敢になつて来た。
五
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