夫人に話しかけられて、たゞ盲従的に返答することも出来なかつた。その上、彼は周囲の人達に対する手前、何か彼《か》にか自分の意見を云はねばならぬと思つた。
「さうかも知れません。が、明治文壇の第一の文豪として推すのには、少し偏してゐるやうに思ふのです。やはり、月並ですが、明治の文学は紅葉などに代表させたいと思ふのです。」
「尾崎紅葉!」小山男爵は、『クスツ』と冷笑するやうな口調で云つた。
「『金色夜叉』なんか、今読むと全然通俗小説ですね。」
文科の学生の三宅が、その冷笑を説明するやうに、吐出すやうに云つた。
瑠璃子夫人は、三宅の思ひ切つた断定を嘉納するやうに、ニツと微笑を洩した。信一郎は初めて、口を入れて、直ぐ横面《よこつつら》を叩かれたやうに思つた。瑠璃子夫人までが、微笑で以て、相手の意見を裏書したことが、更に彼の心を傷けた。彼は思はず、ムカ/\となつて来るのを何《ど》うともすることが出来なかつた。彼は、自分の顔色が変るのを、自分で感じながら、死身になつて口を開いた。
「『金色夜叉』を通俗小説だと云ふのですか。」
彼の口調は、詰問になつてゐた。
「無論、それは読む者の趣味の程度に依
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