一大事とばかり、聞耳を澄ましてゐる運転手の、罪を知つた容子を見ると、さう強くも云へなかつた。その上、運転手の罪を、幾何《いくら》声高に叫んでも、青年の甦る筈もなかつた。
「運転手の過失もありますが、どうも此方《このかた》が自分で扉を、開けたやうな形跡もあるのです。扉さへ開《ひら》かなかつたら、死ぬやうなことはなかつたと思ひます。」
「なるほど。」と、巡査は何やら手帳に、書き付けてから云つた。「いづれ、遺族の方から起訴にでもなると、貴君にも証人になつて戴くかも知れません。御名刺を一枚戴きたいと思ひます。」
信一郎は乞はるゝまゝに、一枚の名刺を与へた。
丁度その時に、医者は血に塗みれた手を気にしながら、車内から出て来た。
「ひどく血を吐きましたね。あれぢや負傷後、幾何《いくら》も生きてゐなかつたでせう。」と、信一郎に云つた。
「さうです。三十分も生きてゐたでせうか。」
「あれぢや助かりつこはありません。」と、医者は投げるやうに云つた。
「貴君《あなた》もとんだ災難でした。」と、巡査は信一郎に云つた。「が、死んだ方に比ぶれば、むしろ命拾ひをしたと云つてもいゝでせう。湯河原へ行らつしやるさ
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