灯の光の中でも、それと判つた。
「兎も角、一応診て下さい。」と、巡査は医者らしい男に云つた。運転手は顫へながら、車体に取り付けてある洋燈《ランプ》に、点火した。周囲が、急に明るくなつた。
「お伴《つれ》ぢやないのですね。」医者が検視をするのを見ながら、巡査は信一郎に訊いた。
「さうです。たゞ国府津から乗合はしたばかりなのです。が、名前は判つて居ます。先刻《さつき》名乗り合ひましたから。」
「何と云ふ名です。」巡査は手帳を開いた。
「青木淳と云ふ文科大学生です。宿所は訊かなかつたけれど、どうも名前と顔付から考へると、青木淳三と云ふ貴族院議員のお子さんに違ひないと思ふのです。無論断言は出来ませんが、持物でも調べれば直ぐ判るでせう。」
巡査は、信一郎の云ふ事を、一々|肯《うなづ》いて聴いてゐたが、
「遭難の事情は、運転手から一通り、聴きましたが、貴君《あなた》からもお話を願ひたいのです。運転手の云ふことばかりも信ぜられませんから。」
信一郎は言下に「運転手の過失です。」と云ひ切りたかつた。過失と云ふよりも、無責任だと云ひ切りたかつた。が、戦《をのゝ》きながら、信一郎と巡査との問答を、身の
前へ
次へ
全625ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング