度《きつと》、此の青年に一番親しい人に違ひない。その人が、屹度時計を返すべき本当の人を、教へて呉れるのに違ひない。又、自分が時計を盗んだと云ふやうな、不当な疑ひを受けたとき、此人が屹度弁解して呉れるのに違ひない。』
 信一郎は、『瑠璃子』と云ふ三字を頼りにして、自分の物でない時計を、ポケット深く、蔵《おさ》めようとした。
 その時に、急に近よつて来る人声がした。彼は、悪い事でもしてゐたやうに、ハツと驚いて振り返つた。警察の提灯を囲んで、四五人の人が、足早に駈け付けて来るやうだつた。

        六

 駈け付けて来たのは、オド/\してゐる運転手を先頭にして、年若い巡査と、医者らしい袴をつけた男と、警察の小使らしい老人との四人であつた。
 信一郎は、彼等を迎へるべく扉を開けて、路上へ降りた。
 巡査は提灯を車内に差し入れるやうにしながら、
「何うです。負傷者は?」と、訊いた。
「先刻《さつき》息を引き取つたばかりです。何分胸部をひどく、やられたものですから、助からなかつたのです。」と、信一郎は答へた。
 暫らくは、誰もが口を利かなかつた。運転手が、ブル/\顫へ出したのが、ほの暗い提
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