、恋愛の階段であると、夫人が云つた。もしそれがさうなつたら、何うしたらよいだらう。あの自由奔放な夫人は、屹度《きつと》云ふだらう。
「それが、さうなつたつて、別に差支はないのよ。」
 夫のない夫人はそれで差支がないかも知れない。が、自分は何《ど》うしたらいゝだらう。妻のある自分は。結婚して間もない愛妻のある自分は。
 信一郎は、さうした取りとめもない空想に頭を悩ましながら、七月の最初の日曜の午後に、夫人を訪ねるべく家を出た。
 夫人を訪ねるのも、二度目であつた。が、妻を欺くのも二度目であつた。
「社の連中と、午後から郊外へ行く約束をしたのでね。新宿で待ち合はして、多摩川へ行く筈なのだよ。」
 帽子を持つて送つて出た静子に、彼は何気なくさう云つた。

        二

 電車に乗つてからも、妻を欺いたと云ふ心持が、可なり信一郎を苦しめた。が、あの美しい夫人が自分を[#「自分を」はママ]尋ねて行くのを、ぢつと待つてゐて呉れるのだと思ふと、電車の速力さへ平素《いつも》よりは、鈍いやうに思はれた。
 夫人と会つてからの、談話の題目などが、頭の中に次から次へと、浮んで来た。文芸や思想の話に就
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