放れた鳩か何かのやうに、フハ/\となつてしまつた。彼は思ひ切つて云つた。
「もし貴女さへ、御迷惑でなければお伴いたしてもいゝと思ひます。」
「あらさう。付き合つて下さいますの。それぢや、直ぐ、丸の内へ。」
 夫人は、後の言葉を、運転手へ通ずるやうに声高く云つた。
 自動車は、緩みかけた爆音を、再び高く上げながら、車首を転じて、夜の須田町の混雑の中を泳ぐやうに、馳けり始めた。
 電車道の、鋪石《ペーヴメント》が悪くなつてゐる故《せゐ》か、車台は頻りに動揺した。信一郎の心も、それに連れて、軽い動揺を続けてゐる。
 車が、小川町の角を、急に曲つたとき、夫人は思ひ出したやうに、とぼけたやうに訊いた。
「失礼ですが、奥様おありになつて?」
「はい。」
「御心配なさらない! 黙つて行《い》らしつては?」
「いゝえ。決して。」
 信一郎は、言葉|丈《だけ》は強く云つた。が、その声には一種の不安が響いた。

        九

 帝劇の南側の車寄の階段を、夫人と一緒に上るとき、信一郎の心は、再び動揺した。この晴れがましい建物の中に、其処にはどんな人々がゐるかも知れない群衆の中へ、かうした美しい、それ
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