案内してやらうと思つてゐましたの。それでボックスを買つて置きましたところ、向うが止むを得ない差支があると云つて、辞退しましたから妾《わたくし》一人でこれから参らうかと思つてゐるのでございますが、一人ボンヤリ見てゐるのも、何だか変でございませう。如何でございます、もし、およろしかつたら、付き合つて下さいませんか。どんなに有難いか分りませんわ。」
夫人は、心から信一郎の同行を望んでゐるやうに、余儀ないやうに誘つた。
信一郎の心は、さうした突然の申出を聴いた時、可なり動揺せずにはゐなかつた。今までの三四分間でさへ彼に取つてどれほど貴重な三四分間であるか分らなかつた。夫人の美しい声を聞き、その華やかな表情に接し、女性として驚くべきほど、進んだ思想や趣味を味はつてゐると、彼には今まで、閉されてゐた楽しい世界が、夫人との接触に依つて、洋々と開かれて行くやうにさへ思はれた。
さうした夫人と、今宵一夜を十分に、語ることが出来ると云ふことは、彼にとつてどれほどな、幸福と欣びを意味してゐるか分らなかつた。
彼は、直ぐ同行を承諾しようと思つた。が、その時に妻の静子の面影が、チラツと頭を掠め去つた。新
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