んか飲んでゐますと、遅くなつてしまひますわ。如何でございます。あのお約束は、またのことにして下さいませんか。ねえ! それでいゝでございませう。」
「はあ! それで結構です。」
 信一郎は、従順な僕《しもべ》のやうに答へた。
「貴君《あなた》! お宅は何方《どちら》!」
「信濃町です。」
「それぢや、院線で御帰りになるのですか。」
「市電でも、院線でも孰《どち》らでゞも帰れるのです。」
「それぢや、院線で御帰りなさいませ。万世橋でお乗りになるのでせう。妾《わたくし》の自動車で万世橋までお送りいたしますわ。」
 彼女は、それが何でもないことのやうに、微笑しながら云つた。

        五

 わづか二度しか逢つてゐない、而も確かな紹介もなく妙な事情から、知己《しりあひ》になつてゐる男性に――その職業も位置も身分も十分分つてゐない男性に、突然自動車の同乗を勧める瑠璃子夫人の大胆さに、勧められる信一郎の方が、却つてタヂタヂとなつてしまつた。信一郎は、一寸狼狽しながら、急いでそれを断らうとした。
「いゝえ恐れ入ります。電車で帰つた方が勝手ですから。」
「あら、そんなに改まつて遠慮して下さると
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