したものは瑠璃子夫人の暢達な仏蘭西《フランス》語であつた。仏法出の法学士である信一郎は、可なり会話にも自信があつた。が、水の迸しるやうに、自然に豊富に、美しい発音を以て、語られてゐる言葉は、信一郎の心を魅し去らずにはゐなかつた。
 瑠璃子は、階段の傍に、ボンヤリ立つてゐる信一郎には、一瞥も与へないで、アンナを玄関まで送つて行つた。
 其処で、後から来た兄のセザレウ※[#小書き片仮名ヰ、165−上−4]ッチを待ち合はすと、兄妹が自動車に乗つてしまふ迄、主催者の貴婦人達と一緒に見送つてゐた。彼女一人、兄妹を相手に、始終快活に談笑しながら。
 兄妹を乗せた自動車が、去つてしまふと、彼女は、初めて信一郎を見付けたやうに、いそいそと彼の傍へやつて来た。
「まあ! 待つてゐて下さいましたの。随分お待たせしましたわ。でも兄妹を送り出すまで、幹事として責任がございますの。」
 彼女は、さう云ひながら、帯の間から、時計を取り出して見た。それはやつぱり白金《プラチナ》の時計だつた。それを見た刹那、不安ないやな連想が、電光《いなづま》のやうに、信一郎の心を走せ過ぎた。
「おやもう、六時でございますわ。お茶な
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