音楽会の会員だつたのです。」
「ピアノお奏《ひ》きになつて?」
「簡単なバラッドや、マーチ位は奏《ひ》けます。はゝゝゝゝ。」
「ピアノお持ちですか。」
「いゝえ。」
「ぢや、妾《わたくし》の宅へ時々、奏《ひ》きにいらつしやいませ。誰も気の置ける人はゐませんから。」
彼女は、薄気味の悪いほど、馴々しかつた。その時に、壇上には、妹のアンナが立つてゐた。
「バラキレフの『イスラメイ』を演《や》るのですね。随分難しいものを。」
さう云ひながら、彼女は立ち上つた。
「みんなが、妾《わたくし》を探してゐるやうですから、失礼いたしますわ。会が終りましたら、階下《した》の食堂でお茶を一緒に召上りませんか。約束して下さいますでせうね。」
「はあ! 結構です。」
信一郎は、何かの命令をでも、受けたやうに答へた。
「それでは後ほど。」
彼女は、軽く会釈すると、静まり返つてゐる聴衆の間の通路を、怯《わるび》れもせず遥か前方の自分の席へ帰つて行つた。信一郎は可なり熱心な眼付で、彼女を見送つた。
彼女が、席に着かうとしたとき彼女の席の周囲にゐた、多くの男性と女性とは、彼女が席に帰つて来たのを、女王でもが
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