\蜘蛛の糸のやうな、継《つな》ぎであつた。尤も、どんなに細くとも、蜘蛛の糸には、それ相応の粘着力はあるものだが。
音楽会の期日は、六月の最後の日曜だつた。その日の朝までも、信一郎の心には、妙に躊躇する心持もあつた。お前は、青年に対する責任感からだと、お前の行為を解釈してゐるが、本当は一度言葉を交へた瑠璃子夫人の美貌に惹き付けられてゐるのではないか。彼の心の裡で、反噬《はんぜい》するさうした叫びもあつた。その上、今日までは、かうした会合へ出るときは、屹度《きつと》新婚の静子を伴はないことはなかつた。が、今日は妻を伴ふことは、考へられないことだつた。会場で出来る丈、夫人に接近して夫人を知らうとするためには、妻を同伴することは、足手纏ひだつた。
昼食を済ましてからも、信一郎は音楽会に行くことを、妻に打ち明けかねた。が、外出をするためには、着替をすることが、必要だつた。
「一寸散歩に。」と云つてブラリと、着流しのまま、外出する訳には行かなかつた。
「一寸音楽会に行つて来るよ。着物を出しておくれ。」
さうした言葉が、何うしても気軽に出なかつた。それは、何でもない言葉だつた。が、信一郎に取つ
前へ
次へ
全625ページ中329ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング