時折、瞥見するものは、半面紫色になつた青年の死顔と、艶然たる微笑を含んだ夫人と皎玉《かうぎよく》の如き美観とであつた。
 青年から、瀕死の声で、返すことを頼まれた時計は、――青年の怨みを籠めて、返さなければならぬ時計は、あやふや[#「あやふや」に傍点]な口実のもとに、謎の夫人の手に、手軽に手渡されてゐる。信一郎は、死んだ青年に対する責任感からも、此の謎を一通《ひととほり》は解かねばならぬと思つた。時計が、その真の持主に、青年の望んだ通《とほり》[#ルビの「とほり」は底本では「しほり」]の意味で、返されることの為に、出来る丈《だけ》は尽さねばならぬことを感じた。
 が、その謎を解くべき、唯一の手がかりなる時計は、既に夫人の手に渡つてゐる。たゞ、それの受取のやうに、夫人から贈られた慈善音楽会の一葉の入場券が、信一郎の紙入に、何の不思議もなく残つてゐる丈《だけ》である。
 が、此の何の奇もない入場券と、『是非お出下さいませ。その節お目にかゝりますから。』と云ふ夫人の言葉とが、今の場合夫人に近づく、従つて夫人の謎を説くべき唯一の心細い頼りない手がかりだつた。夫人と信一郎とを結び付けてゐる細い/
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