は、さう云つたかと思ふと前よりももつと烈しい勢で瑠璃子に迫つた。かうしたあさましい人間の争ひを、讃美するかのやうに、風は空中に凄じい歓声を挙げ続けてゐる。
瑠璃子は、ふとその時|護《まも》り刀のことを思ひ出した。かうした非常な場合には、それを抜き放つて自分を護る外はない。が、さう思ひ付いたものの、それはトランクの底深く、蔵つてあるので、急場の今は、何の援けにもならなかつた。
彼女は、最後の手段として、声を振り搾つて女中を呼んだ。が、彼女の呼び声は、風雨の音に消されてしまつて、台所の方からは、物音も聞えて来なかつた。
瑠璃子が、愈《いよ/\》窮したのを見ると、勝平は愈《いよ/\》威丈高になつた。彼は、獣そのまゝの形相を現して居た。ほの暗い洋燈《ランプ》の光で、眼が物凄く光つた。
「あれ!」と、瑠璃子が身を避けようとした時、勝平の強い腕は、彼女の弱い二の腕を、グツと握り占めてゐた。
「何をするのです。お放しなさい!」
彼女は必死になつて、振りほどかうとした。が、強い把握は、容易に解けさうもなかつた。
「何を! 何をするのです!」
瑠璃子は、死者狂ひになつて突き放した。が、突き放さ
前へ
次へ
全625ページ中307ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング