子は圧し付けられてゐる自分を見出した。
 其処で、追ひ詰られた牝鹿と獅子とのやうに、二人は暫らくは相対してゐた。
 暴風雨は、少しも勢ひを減じてゐなかつた。岸を噛んで殺到する波濤の響が、前よりも、もつと恐ろしく聞えて来た。が、相争つてゐる二人の耳には、波の音も風の音も聞こえては来なかつた。
「何をなさるのです。貴君《あなた》は?」
 勝平が、その堅肥りの巨い手を差し出さうとした時、瑠璃子は初めて声を出して叱した。
「何をしようと、俺《わし》の勝手だ。夫が妻を、生《いか》さうが殺さうが。」
 勝平は、さう云ひながら、再び猿臂《ゑんぴ》を延して、瑠璃子の柔かな、やさ肩を掴まうとしたが、軽捷な彼女に、ひらりと身体を避けられると、酒に酔つた足元は、ふら/\と二三歩|蹌《よろ》めいて、のめりさうになつた。
「恥をお知りなさい! 恥を! 妻ではございましても奴隷ではありませんよ。暴力を振ふうなんて。」
 彼女は、汚れた者を叱するやうに、吐き捨てるやうに云つた。彼女の声は、遉《さすが》にわな/\と顫へてゐた。
「なに! 恥を! 恥も何もあるものか、俺《わし》はもう獣になり切つてゐるのぢや。」
 勝平
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