来た。
「あゝお帰りになつた!」瑠璃子は甦へつたやうに、思はず歓喜に近い声を挙げた。その声には、夫に対する妻としての信頼と愛とが籠つてゐることを否定することが出来なかつた。

        五

 風雨の烈しい音にも消されずに、警笛《サイレン》の響は忽ちに近づいた。門内の闇がパツと明るく照されて、その光の裡に雨が銀糸を列ねたやうに降つてゐた。
 瑠璃子と女中達二人とは、その燦然と輝く自動車の頭光《ヘッドライト》に吸はれたやうに、玄関へ馳け付けた。
 微醺を帯びた勝平は、その赤い巨きい顔に、暴風雨《あらし》などは、少しも心に止めてゐないやうな、悠然たる微笑を湛へながら、のつそり[#「のつそり」に傍点]と車から降りた。
「お帰りなさいまし、まあ大変でございましたでせうね。お道が。」
 瑠璃子のさうした言葉は、平素のやうに形式|丈《だけ》のものではなく、それに相当した感情が、ピツタリと動いてゐた。
「なに、大したことはなかつたよ。それよりもね、貴女《あなた》が蒼くなつてゐるだらうと思つてね。此間の大|暴風雨《あらし》で、みんなビク/\してゐる時だからね。いや、鎌倉まで一緒に乗り合はして来た
前へ 次へ
全625ページ中291ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング