合にも、彼女を勇気付けた。牡牛のやうに巨きい勝平と相対してゐながら、彼女は一度だつて、怯れたことはなかつた。
 瑠璃子が暫らく東京を離れると云ふことが分ると、一番に驚いたのは勝彦だつた。彼は瑠璃子が準備をし始めると、自分も一緒に行くのだと云つて、父の大きいトランクを引つ張《ぱり》出して来て、自分の着物や持物を目茶苦茶に詰め込んだ。おしまひには、自分の使つてゐる洗面器までも、詰め込んで召使達を笑はせた。彼は、瑠璃子に捨てゝ置かれないやうにと、一瞬の間も瑠璃子を見失はないやうに後《あと》へ/\と付き纏つた。
 それを見ると、勝平は眉を顰めずにはゐられなかつた。
 出立の朝だつた。自分が捨てゝ置かれると云ふことが分ると、勝彦は狂人のやうに暴れ出した。毎年一度か二度は、発作的に狂人のやうになつてしまふ彼だつた。彼は瑠璃子と父とが自動車に乗るのを見ると、自分も跣足《はだし》で馳け降りて来ながら、扉《ドア》を無理矢理に開けようとした。執事や書生が三四人で抱き止めようとしたが、馬鹿力の強い彼は、後から抱き付かうとする男を、二三人も其処へ振り飛ばしながら、自動車に縋り付いて離れなかつた。
 白痴であり
前へ 次へ
全625ページ中283ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング