は、相手の苦悶のいた/\しさに、狼狽しながら答へた。
 青年は、それに答へようとでもするやうに、身体を心持起しかけた。その途端だつた。苦しさうに咳き込んだかと思ふと、顎から洋服の胸へかけて、流れるやうな多量の血を吐いた。それと同時に、今迄充血してゐた顔が、サツと蒼ざめてしまつた。
 青年の顔には、既に死相が読まれた。内臓が、外部からの劇しい衝動の為に、内出血をしたことが余りに明かだつた。
 医学の心得の少しもない信一郎にも、もう青年の死が、単に時の問題であることが分つた。青年の顔に血色がなかつた如く、信一郎の面《おもて》にも、血の色がなかつた。彼は、彼と偶然知己になつて、直ぐ死に去つて行く、ホンの瞬間の友達の運命を、ぢつと見詰めてゐる外はなかつた。
 太平洋を圧してゐる、密雲に閉ざされたまゝ、日は落ちてしまつた。夕闇の迫つてゐる崖端《がけばな》の道には、人の影さへ見えなかつた。瀕死の負傷者を見守る信一郎は、ヒシ/\と、身に迫る物凄い寂寥を感じた。負傷者のうめき声の絶間には、崖下の岩を洗ふ浪の音が淋しく聞えて来た。
 吐血をしたまゝ、仰向けに倒れてゐた青年は、ふと頭を擡げて何かを求めるや
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