落しようとしたとき、青年は車から飛び降りるべく、咄嗟に右の窓を開けたに違ひなかつた。もし、さうだとすると、車体が最初怖れられたやうに、海中に墜落したとすれば、死ぬ者は信一郎と運転手とで、助かる者は此青年であつたかも知れなかつた。
 車体が、急転したとき、信一郎と青年の運命も咄嗟に転換したのだつた。自動車の苟《かりそ》めの合乗《あひのり》に青年と信一郎とは、恐ろしい生死の活劇に好運悪運の両極に立つたわけだつた。
 信一郎は、さう考へると、結果の上からは、自分が助かるための犠牲になつたやうな、青年のいたましい姿を、一層あはれまずにはゐられなかつた。
 彼は、ふとウ※[#小書き片仮名ヰ、17−上−16]スキイの小壜がトランクの中にあることを思ひ出した。それを、飲ますことが、かうした重傷者に何《ど》う云ふ結果を及ぼすかは、ハツキリと判らなかつた。が、彼としては此の場合に為し得る唯一の手当であつた。彼は青年の頭を座席の上に、ソツと下すとトランクを開けて、ウ※[#小書き片仮名ヰ、17−上−21]スキイの壜を取り出した。

        二

 口中に注ぎ込まれた数滴のウ※[#小書き片仮名ヰ、17
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