の車軸までが曲つてゐるらしい自動車は、一寸《いつすん》だつて動かなかつた。
「駄目です。とても動きません。」と、運転手は罪を待つ人のやうに顫へ声で云つた。
「ぢや、一番近くの医者を呼んで来るのだ。真鶴なら、遠くはないだらう。医者と、さうだ、警察とへ届けて来るのだ。又小田原へ電話が通ずるのなら、直ぐ自動車を寄越すやうに頼むのだ。」
運転手は、気の抜けた人間のやうに、命ぜらるゝ儘に、フラ/\と駈け出した。
青年の苦悶は、続いてゐる。半眼に開いてゐる眼は、上ずツた白眼を見せてゐるだけであるが、信一郎は、たゞ青年の上半身を抱き起してゐるだけで、何《ど》うにも手の付けやうがなかつた。もう、臨終に間もないかも知れない青年の顔かたちを、たゞ茫然と見詰めてゐるだけであつた。
信一郎は青年の奇禍を傷むのと同時に、あはよく免れた自身の幸福を、欣ばずにはゐられなかつた。それにしても、何《ど》うして扉が、開いたのだらう。其処から身体が出たのだらう。上半身が、半分出た為に、衝突の時に、扉と車体との間で、強く胸部を圧し潰ぶされたのに違ひなかつた。
信一郎は、ふと思ひついた。最初、車台が海に面する断崖へ、顛
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