あんな卑しい人間に、謝罪はおろか、頭一つ下げることさへ、俺《わし》に取つてどんな恥辱であるか。俺《わし》は、それよりも寧ろ死を選みたいのだ。然し謝罪しないとなると、何うしても起訴を免れないのだ。起訴されると、お前此罪は破廉恥罪なのだ! 爵位も返上を命ぜられるばかりでなく、俺の社会的位置は、滅茶苦茶だ! あれ見い! 貴族院第一の硬骨と云はれた唐沢が、あのザマだと、世間から嘲笑されることを考へておくれ。死以上の恥辱だ。何の道を選んでも、死ぬより以上の恥辱なのだ。瑠璃子、俺《わし》が死なうと決心した心の裡を、お前は察して呉れるだらう。」
瑠璃子は、父の苦しい告白を、石像のやうに黙つて聴いてゐた。火のやうに熱した身体中の血が今は却つて、氷のやうに冷たくなつてゐた。
「俺《わし》が死ねば、彼奴の迫害の手も緩むだらうし、それに依つて、汚名を流さずして済む。つまり、俺《わし》は悪魔の手に買ひ取られた俺《わし》の社会的名誉を、血を以て買ひ戻さうと思つたのだ。お前のことを、思はないではない。父の外には頼る者もないお前のことを思はないではない。が、破廉恥の罪人になることを考へると、泥棒と同じ汚名を被るこ
前へ
次へ
全625ページ中194ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング