顔を合せた丈《だけ》で、私交のある間ではなかつた。殊に、父は政府当局からは常に、白眼を以て見られてゐたのだから。
「何の用事だらう?」
 父は、一寸不審さうに首を傾けた。警視総監と云つたやうな言葉|丈《だけ》でも、瑠璃子には妙に不安の種だつた。
 が、父は何か考へ当る事があつたのだらう、割合気軽に出かけて行つた。が、掻き乱された瑠璃子の胸は、父の車を見送つた後も、暫らくは静まらなかつた。
 父は、一時間も経たぬ間に帰つて来た。瑠璃子は、ホツと安心して、いそ[#「いそ」に傍点]/\と玄関に出迎へた。
 が、父の顔を一目見たとき、彼女はハツと立竦んでしまつた。容易ならぬ大事が、父の身辺に起つたことが、直ぐそれと分つた。父の顔は、土のやうに暗く蒼ざめてゐた。血の色が少しもないと云つてよかつた。眼|丈《だけ》は、平素のやうに爛々と、光つてゐたが、その光り方は、狂人の眼のやうに、物凄く而も、ドロンとして力がなかつた。
「お帰りなさいまし。」と、云ふ瑠璃子の言葉も、しはがれ[#「しはがれ」に傍点]たやうに、咽喉にからんでしまつた。瑠璃子が、父の顔を見上げると、父は子に顔を見られるのが、恥しさうに、
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