コソ/\と二階へ上つて行かうとした。
父の狼狽したやうな、血迷つたやうな姿を見ると、瑠璃子の胸は、暗い憂慮で一杯になつてしまつた。彼女は、父を慰めよう、訳を訊かうと思ひながら、オヅ/\父の後から、随《つ》いて行つた。
が、父は自分の居間へ入ると、後から随いて行つた瑠璃子を振り返りながら云つた。
「瑠璃さん! どうか、お父様を、暫らく一人にして置いて呉れ!」
父の言葉は、云ひ付けと云ふよりも哀願だつた。父としての力も、権威もなかつた。
それにふと気が付くと、さう云つた刹那、父の二つの眼には、抑へかねた涙が、ほた/\と湧き出してゐるのだつた。
父が涙を流すのを見たのは、彼女が生れて十八になる今日まで、父が母の死床に、最後の言葉をかけた時、たつた一度だつた。
瑠璃子は、父にさう云はれると、止むなく自分の部屋に帰つたが、一人自分の部屋にゐると、墨のやうな不安が、胸の中を一杯に塗り潰してしまふのだつた。
夕食の案内をすると、父は、『喰べたくない』と云つたまゝ、午後四時から、夜の十時頃まで、カタと云ふ物音一つさせなかつた。
十時が来ると、寝室へ移るのが、例だつた。瑠璃子は、十時が鳴
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