辛く衝突を免れて、道の左へ外れた。信一郎はホツとした。が、それはまたゝく暇もない瞬間だつた。左へ躱した自動車は、躱し方が余りに急であつた為、機《はづ》みを打つてそのまゝ、左手の岩崖を墜落しさうな勢ひを示した。道の左には、半間ばかりの熊笹が繁つてゐて、その端《はづれ》からは十丈に近い断崖が、海へ急な角度を成してゐた。
最初の危機には、冷静であつた運転手も、第二の危険には度を失つてしまつた。彼は、狂人のやうに意味のない言葉を発したかと思ふと、運転手台で身をもがいた。が、運転手の死物狂ひの努力は間に合つた。三人の生命を託した車台は、急廻転をして、海へ陥ることから免れた。が、その反動で五間ばかり走つたかと思ふと、今度は右手の山の岩壁に、凄じくぶつ突《つか》つたのである。
信一郎は、恐ろしい音を耳にした。それと同時に、烈しい力で、狭い車内を、二三回左右に叩き付けられた。眼が眩んだ。しばらくは、たゞ嵐のやうな混沌たる意識の外、何も存在しなかつた。
信一郎が、漸く気が付いた時、彼は狭い車内で、海老のやうに折り曲げられて、一方へ叩き付けられてゐる自分を見出した。彼はやつと身を起した。頭から胸のあ
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