などとは、思はないけれども、ハヽヽヽヽ。」
 父は、品物が贋物であることに、何の疑ひもないやうに笑つた。
「いやそんな御心配は、御無用です。閣下のお手許に置いて置けば、日本銀行へ供託して置くより安全です。ハヽヽヽ。閣下のお口から、贋だと一言仰しやつて下さると当人も諦めが、付くものですから。」
 相手に、さう如才なく云はれると、父も断りかねたのであらう。口では、承諾の旨を答へなかつたけれども、有耶無耶《うやむや》の裡に、預ることになつてしまつた。
 その用事が、片付くと客は、取つて付けたやうに、政局の話などを始めた、父は暫らくの間、興味の乗らないやうな合槌を打つてゐた。
 客が、帰つて行くとき、父は玄関へ送つて出ながら、
「凡そ何時取りに来る?」と訊いた。やつぱり、軸物のことが少しは気になつてゐるのだつた。
「御覧になつたら、ハガキででも、御一報を願へませんか、本当にお気に向いた時でよろしいのですから。当方は、少しも急ぎませんのですから。」
 客は幾度も繰返しながら、帰つて行つた。応接室へ引き返した父は、瑠璃子を呼びながら、
「之《これ》を蔵《しま》つて置け、俺《わし》の居間の押入へ。」
前へ 次へ
全625ページ中168ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング