お父様が悪かつたのだ。自分の志ばかりに、気を取られて、最愛の子供のことまで忘れてゐたのぢや。俺《わし》の家を治めることを忘れたために、お前までがこんな苦しい思ひをするのだ。」
父の耿々《かう/\》の気が――三十年火のやうに燃えた野心が、かうした金の苦労のために、砕かれさうに見えるのが、一番瑠璃子には悲しかつた。
父の友人や知己は、大抵は、父のために、三度も四度も、迷惑をかけさせられてゐた。父が、金策の話をしても、彼等は体よく断つた。断られると、潔癖な父は、二度と頼まうとはしなかつた。
六月が二十五日となり、二十七日となつた。連日の奔走が無駄になると、父はもう自棄《やけ》を起したのであらう。もう、ふツつりと出なくなつた。幡随院長兵衛が、水野の邸に行くやうに、父は怯《わる》びれもせず、悪魔が、下す毒手を、待ち受けてゐるやうだつた。
今年の春やつと、学校を出たばかりの瑠璃子には、父が連日の苦悶を見ても、何うしようと云ふ術もなかつた。彼女は、たゞオロ/\して、一人心を苦しめる丈《だけ》だつた。
彼女の小さい胸の苦しみを、打ち明けるべき相手としては、たゞ恋人の直也がある丈だつた。が、彼
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