換をした。そのために、証書の金額は、年一年増えて行つたものゝ、何《ど》うにか遣繰《やりくり》は付いてゐた。が、それが悪意のある相手の手に帰して、こちらを苛責《いぢめ》るための道具に使はれてゐる以上、相手が書換や猶予の相談に応ずべき筈はなかつた。
六月の末日が、段々近づいて来るに従つて、父は毎日のやうに金策に奔走した。が、三万を越してゐる巨額の金が、現在の父に依つて容易に、才覚さるべき筈もなかつた。
朝起きると、父は蒼ざめながらも、眼《まなこ》丈《だけ》は益《ます/\》鋭くなつた顔を、曇らせながら、黙々として出て行つた。玄関へ送つて出る瑠璃子も、
「お早くお帰りなさいまし。」と、挨拶する外は何の言葉もなかつた。が、送り出す時は、まだよかつた。其処に、僅でも希望があつた。が、夕方、その日の奔走が全く空に帰して、悄然と帰つて来る父を迎へるのは、何うにも堪らなかつた。父と娘とは、黙つて一言も、交はさなかつた。お互の苦しみを、お互に知つてゐた。
今迄は、元気であつた父も、折々は嗟嘆の声を出すやうになつた。夕方の食事が済んで、父娘が向ひ合つてゐる時などに、父は娘に詫びるやうに云つた。
「皆、
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