は応接室に入つて来た。父は相手と初対面ではないらしかつた。二三度は会つてゐるらしかつた。が、苦り切つたまゝ時候の挨拶さへしなかつた。瑠璃子は、茶を運んだ後も、はしたない[#「はしたない」に傍点]とは知りながら、一家の浮沈に係る話なので、応接室に沿ふ縁側の椅子に、主客には見えないやうに、そつと腰をかけながら、一語も洩さないやうに相手の話に耳を聳てた。
「此の間から、一度伺はう/\と思ひながら、つい失礼いたしてをりました。今度、閣下に対する債権を、私が買ひ占めましたことに就ても、屹度私を怪《け》しからん奴だと、お考へになつたゞらうと思ひましたので、今日はお詫び旁《かた/″\》、私の志のある所を、申述べに参つたのです。」
 勝平は、いかにも鄭重に、恐縮したやうな口調で、ボツリ/\話し始めたのであつた。丁度暴風雨の来る前に吹く微風のやうに、気味の悪い生あたゝかさを持つた口調だつた。
「うむ。志! 借金の証書を買ひ蒐めるのに、志があるのか。ハヽヽヽヽヽヽ。」父は、頭から嘲るやうに詰《なじ》つた。
「ございますとも。」相手は強い口調で、而も下手から、さう云ひ返した。

        七

「初《
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