ヌスの並樹の間から、水色に塗られた大形の自動車が、初夏の日光をキラ/\と反射しながら、眩しいほどの速力で、坂を馳け上つたかと思ふと、急に速力を緩めて、低いうめく[#「うめく」に傍点]やうな警笛の音を立てながら、門前に止まるのを見たのである。覚悟をしてゐたことながら、瑠璃子は今更のやうに、不快な、悪魔の正体をでも、見たやうな憎悪に、囚はれずにはゐられなかつた。
 自動車の扉は、開かれた。ハンカチーフで顔を拭きながら、ぬつとその巨きい頭を出したのは、紛れもないあの男だつた。何が嬉しいのか、ニコ/\と得体の知れぬ微笑を浮べながら、玄関の方へ歩いて来るのだつた。
 瑠璃子は、取次ぎに出ようか出まいかと、考へ迷つた。顔を合はしたり、一寸でも言葉を交すのが厭でならなかつた。が、それかと云つて、平素気が付けば取次ぎに出る自分が、此の人に限つて出ないのは、何だか相手を怖れてゐるやうで彼女自身の勝気が、それを許さなかつた。さうだ! あんな卑しい人間に怯れてなるものか。彼の男こそ、自分の清浄な処女の誇の前に、愧ぢ怯れていゝのだ。さう思ふと、瑠璃子は処女《をとめ》にふさはしい勇気を振ひ興して、孔雀のやうな誇
前へ 次へ
全625ページ中148ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング