とは、違つてゐた。簡単な書式のやうなものだつた。一寸意外に思ひながら読んで見た。最初の『債権譲渡通知書』と云ふ五字から、先づ名状しがたい不快な感じを受けた。
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債権譲渡通知書
通知人川上万吉は被通知人に対して有する金弐万五千円の債権を今般都合に依り荘田勝平殿に譲渡し候に付き通知候也
大正六年六月十五日
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[#地から2字上げ]通知人 川上万吉
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被通知人 唐沢光徳殿
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荘田勝平と云ふ名前が、目に入つたとき、その書式を持つてゐる瑠璃子の手は、その儘しびれてしまふやうな、厭な重くるしい衝動《ショック》を受けずにはゐられなかつた。
悪魔は、その爪を現し始めたのである。
四
相手が、あの儘思ひ切つたと思つたのは、やつぱり自分の早合点だつたと瑠璃子は思つた。求婚が一時の気紛れだと思つたのは、相手を善人に解し過ぎてゐたのだ。相手はその二つの眼が示してゐる通り、やつぱり恐ろしい相手だつたのだ。
が、それにしても何と云ふ執念ぶかい男だらう。父が負うてゐる借財の証
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