た。
瑠璃子は、恋人の父と自分の父との間に、まつはる不快な感情を悲しみながら、玄関へ再び降りて行つた。
「お待たせいたしました。何うぞお上り下さいませ。」
「いや、どうも突然伺ひまして。」と、子爵は如才なく挨拶しながら先に立つて、応接室に通つた。
古いガランとした応接室には、何の装飾もなかつた。明治十幾年に建てたと云ふ洋館は、間取りも様式も古臭く旧式だつた。瑠璃子は、客を案内する毎に、旧式の椅子の蒲団《クション》が、破れかけてゐることなどが気になつた。
父は、直ぐ応接室へ入つた。心の中の感情は可なり隔たつてゐたが、面と向ふと、遉《さすが》に打ち解けたやうな挨拶をした。瑠璃子は、茶を運んだり、菓子を運んだりしながらも、主客の話が気にかゝつた。が、話は時候の挨拶から、政界の時事などに進んだまゝ用向きらしい話には、容易に触れなかつた。
立ち聞きをするやうな、はしたない[#「はしたない」に傍点]事は、思ひも付かなかつた。瑠璃子は、来客が気になりながらも、自分の部屋に退いて、不安な、それかと云つて、不快ではない心配を続けてゐた。
恋人の顔が、絶えず心に浮かんで来た。過ぎ去つた一年間の、
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